セキュリティ研究者から、カード闇市場の管理人へ——Iceman(Max Butler)の事件簿

「Iceman」とCardersMarketの見出しと、2005年の不正行為の始まり(起訴状)、2007年9月の逮捕、2009年6月の有罪答弁、2010年2月の懲役13年の判決を並べた年表

2006年8月、盗まれたカード情報を売り買いする闇フォーラムが、2日のあいだに次々と姿を消しました。会員のログイン情報は抜き取られ、データベースは消されています。会員たちに届いたのは「Iceman」を名乗る人物からのメールでした。あなたたちは今日から CardersMarket の会員だ、という知らせです。

Wired の Kevin Poulsen 記者は2008年、裁判資料と関係者への取材をもとに、この「乗っ取り」を描きました。仕掛けたとされるのは Max Ray Butler。侵入検知の分野では名の知れたセキュリティ研究者で、FBI に協力していた時期もある人物です。

守る側の技術を持った男は、なぜ闇市場の頂点を目指し、どう捕まったのか。この記事では、検察の発表、裁判で認められた事実、報道、本人の言い分を区別しながら、その道のりをたどります。

目次

読み方:4つの区別

  • 【当局の主張】起訴状や検察の発表に書かれた、裁判で認められる前の主張。
  • 【認定】有罪答弁や判決で認められた事実。
  • 【報道】報道機関が裁判資料や取材をもとに書いたこと。Wired の記述の多くは、同誌による再構成です。
  • 【本人の主張】本人の発言として伝わる話。

何者だったのか

アイダホの少年が「Max Vision」になるまで

Wired によると、Butler はアイダホ州の田舎町で育ちました。10代でパソコン通信(BBS)の仲間を見つけ、高校のころには電話回線を無料で使う「フリーキング」やハッキングに手を出していたと、友人たちは語っています。

最初の服役はハッキングではありませんでした。1991年、交際相手への暴行で有罪となり、5年の刑を受けています。1995年に出所すると「Max Vision」と名を改め、サンフランシスコ湾岸地域へ移りました。ドットコム景気のただなかです。

昼は守る側、夜は侵入する側

湾岸地域で Butler は、企業の依頼で弱点を探す「侵入テスト」の仕事を請け負い、FBI サンフランシスコ支局にもボランティアとして協力しました(Wired)。Computerworld(2007年)によると、侵入検知システム向けの攻撃パターン集「arachNIDS」を無料で公開し、セキュリティのメーリングリストでもよく知られた研究者でした。2000年の審理では、少なくとも2年、FBI の情報提供者だったことも明らかになっています。

ただ、仕事の外では、他人のネットワークにも許可なく入り込んでいたと、友人たちは Wired に話しています。

1998年、穴を塞ぎながら裏口を残す

1998年春、ネットの住所録にあたる仕組み「BIND」に、乗っ取りにつながる深刻な欠陥が見つかりました。Butler は政府機関のサーバーに入り込み、この欠陥を塞いで回ります。同時に、自分だけが入れる裏口を残していきました(Wired)。

本人は、欠陥を探して塞ぐプログラムを書いただけだと主張しました【本人の主張】。検察は、そのプログラムが入り込んだそれぞれのシステムに裏口を仕掛けたと主張しています(Computerworld)。数週間後、Butler の家を訪ねてきたのは、彼がボランティアで協力していた FBI の捜査官たちでした(Wired)。Butler は無実を訴えながらも1件の重罪で有罪を認め、2001年5月に懲役18か月を言い渡されます。

闇の世界へ

刑務所で生まれた人脈

Wired によると、Butler は服役中、電信詐欺で服役していた男と知り合い、出所後に組む話をしていました。2002年に出所すると、更生施設から通える仕事を探して、求人掲示板に「以前は時給100ドル以上だったが、今は6.75ドルでいい」と書き込んでいます。

やがて、刑務所で知り合った男が一人の人物を紹介しました。Christopher Aragon です。若いころに銀行強盗の逃走車を運転して長く服役し、裏社会で「口を割らない男」として信用があったと Wired は書いています。Butler は Aragon の前で簡単な侵入を実演し、必要な機材の一覧を渡しました。

ホテルの部屋とアンテナ

自宅から侵入すれば足がつきます。Aragon の話では、2人は月に一度サンフランシスコ中心部のホテルに泊まり込み、窓際にアンテナを据えて、近くの無線 LAN に乗って作業しました(Wired)。電波が弱ければ、Aragon がフロントに部屋の変更を頼みに行ったといいます。

最初の標的は、ほかの犯罪者でした。Butler は防御の甘い犯罪者のパソコンに入り込み、彼らが盗んだカード情報を横取りします。やがて、裁判資料によると、警備の手薄な小さな地方銀行や信用組合からも、カード情報を直接盗むようになりました(Wired)。Butler はそれを Aragon に月5,000〜1万ドルで売り、Aragon はロサンゼルス南部で偽造カードを作って、仲間に高級品を買わせました。

すれ違い

分業は長く続きませんでした。2004年4月、Aragon はサンフランシスコのホテルで不審なカードを使って逮捕されます。Butler はこれを許しがたい失態とみて、別の買い手を探し始めました(Wired)。

同じころ、最大級のカード闇市場「Shadowcrew」が、2004年に米シークレットサービスの一斉摘発で潰れます。Wired によると、Butler は Iceman としてこのサイトに出入りしていましたが、管理者の一人の誘いを怪しんで距離を置いていました。その管理者は、のちに当局の協力者だったことが分かります。

何がすごかったのか

CardersMarket という「市場」

Butler は自分の市場を作ることにしました。共同で開いたのは Aragon です(検察の有罪答弁の発表)。CardersMarket には、まっとうな通販サイトに似た仕組みがありました(Wired)。

  • 出品者は審査役に商品を送り、審査役が試しに使って品質を確かめる。偽造カードなら、ロゴのにじみや細かな印刷まで調べる。
  • 取引ごとに評価が付き、約束を守らない売り手には「ripper(詐欺師)」の烙印が押される。
  • Butler は管理者として場を仕切りながら、別の名義(Digits、Darkest)で自らカード情報を売っていたと、捜査当局はみています。

Wired が引用した価格表では、盗んだ Visa のカードが1枚12ドル、ゴールドカードは19.5ドル。開設から1年で会員は1,500人ほどになりました。

2006年8月、4つの闇市場を乗っ取る

冒頭の乗っ取りは、こうした流れの先にありました。Wired によると、Butler は数か月かけて準備し、サンフランシスコの隠れ家で2日間作業を続けて、競合する4つのフォーラムを乗っ取りました。会員は CardersMarket に移され、会員数は6,000人を超えたといいます【報道】。

Wired は、Butler の狙いを、密告者と穴だらけの市場を一つにまとめ、自分が信頼できる場にすることだったと描いています。ただし、乗っ取りは裁判で認められた事実ではありません。検事が法廷で述べた最盛期の会員数は約4,500人で、Wired の数字とは一致しません。

編集部作成の図/米司法省の発表と報道をもとに作成

Iceman 事件の経過

  1. 1998報道政府機関のサーバーの欠陥を塞ぎつつ、裏口を残す (Wired、Computerworld)
  2. 2001.05判決政府機関への不正侵入で懲役18か月 (Computerworld、Wired)
  3. 2002報道出所。刑務所で知り合った男の紹介で Aragon と組む (Wired)
  4. 2005.06当局の主張起訴状が示す不正行為の始まり。CardersMarket を運営 (検察の発表)
  5. 2006.08報道競合する4つの闇フォーラムを乗っ取る (Wired)
  6. 2006.09報道Capital One 社員を狙った偽の取材メール。登録元が CardersMarket と一致 (Wired)
  7. 2007.03報道元管理者 Zebra が有罪となり、聴取で Iceman と Aragon について話す (Wired)
  8. 2007.05.12報道Aragon が百貨店で逮捕される (Wired、Computerworld)
  9. 2007.09.05逮捕サンフランシスコで逮捕。9月11日に起訴 (検察の発表)
  10. 2009.06.29認定電信詐欺2件で有罪答弁 (検察の発表)
  11. 2010.02.12判決懲役13年、保護観察5年、賠償2,750万ドル (検察の発表)
  12. 2018当局の主張服役中のドローン密輸で追起訴。本人は否認、結果は未確認 (Sophos、OCCRP)
図1 Iceman(Max Butler)事件の経過。橙は検察の主張と逮捕、紫は有罪答弁と判決で認められた事項、水色は報道による出来事です。Wired の記述は、裁判資料と関係者の話による同誌の再構成です。

敵を増やした男

DarkMarket と、FBI の捜査官

乗っ取りの標的の一つに、闇フォーラム「DarkMarket」がありました。Wired の別の記事(2008年10月)によると、Butler は2006年後半に DarkMarket のサーバーに侵入し、管理者「Master Splyntr」がピッツバーグにある FBI 関連の拠点(NCFTA)から接続していることを突き止めて、地下の世界に言いふらしました。

Butler の指摘は当たっていました。Master Splyntr の正体は FBI 捜査官 Keith Mularski でした。それでも、フォーラム同士の縄張り争いの中傷だと受け止められ、DarkMarket は続きます。DarkMarket が閉鎖されたのは2008年10月で、その直後、FBI のおとり捜査だったことが文書で確認されました(Wired)。

足跡

2006年9月、大手カード会社 Capital One の社員約500人に、記者を名乗る人物から取材依頼のメールが届きました。リンクを開くと、裏でマルウェアが入り込む仕掛けです。FBI が偽のニュースサイトの登録記録を調べると、CardersMarket と同じ登録元にたどり着きました(Wired)。

2006年11月、Butler は Iceman の「引退」を宣言し、サイトを別の管理者に任せたように見せかけます。ほどなく別の名義(Aphex)で運営に戻りました(Wired)。

転落

包囲網を作った情報提供者たち

Butler を追い詰めたのは、技術ではなく人のつながりでした。

  • 初期の管理者「Zebra」は、2005年に、シークレットサービスの情報提供者になっていた別の管理者(Gollumfun)にカード番号を売って捕まり、2007年3月に有罪となりました。Wired によると、その後の聴取で、Iceman がサンフランシスコに住み、Digits の名でも売っていること、相棒が Aragon であることを話しました。
  • FBI は2005年の時点で、刑務所で Butler と知り合った男から、Aragon と Butler の話を聞いていました。ただ、このときは動いていなかったと Wired は書いています。
  • Network World(2009年)によると、フォーラムには連邦当局の情報提供者が2人入り込み、1人は Butler から管理の一部を任されていました。情報提供者が当局の依頼でカード情報を買い、その支払い先をたどって Butler が特定されています。Wired は、Butler が最後に頼った管理者がその一人だったことをうかがわせています。

2007年、相棒の逮捕

2007年5月12日、Aragon は南カリフォルニアの百貨店で、偽造カードでブランドもののバッグを買ったところを地元警察に逮捕されました(Wired、Computerworld)。Butler は Aragon のアカウントを消し、携帯電話を捨てて、別の隠れ家に移ります。The Register(2007年)によると、新しい携帯電話は Aragon が買ったプリペイドカードで手に入れたものでした。

6月、Butler がサンフランシスコの新しい部屋に入るところを、シークレットサービスの捜査官が見ていました(Wired)。FBI は裁判所の許可を得て CardersMarket のサーバーへの接続元を調べ、その一部が、その建物のすぐ近くの回線だと突き止めています。

2007年9月5日

検察の発表によると、Butler は9月5日にサンフランシスコで逮捕されました。Wired によると、午後、シークレットサービスの捜査官たちが部屋に踏み込んでいます。部屋のコンピューターには、2回のキー操作で証拠を消す仕組みがあったと、宣誓供述書の内容として報じられています(The Register)。9月11日、ピッツバーグの連邦大陪審が5件で起訴したと発表されました。捜査を主導したのはシークレットサービスで、FBI やカナダのバンクーバー市警などが協力しました。

判決

2009年6月29日、Butler は電信詐欺2件で有罪を認めました【認定】。2010年2月12日、ピッツバーグの連邦地裁は懲役13年、出所後の保護観察5年、賠償2,750万ドルを言い渡します【認定】。判決の発表は、ハッカーへの刑としては米国でこれまでで最も長いとみられるとしています【当局の主張】。

検察の発表によると、押収したコンピューターからは180万件を超えるカード番号が見つかりました。損失を負ったのは、カードを発行した数千の銀行です。2010年の量刑に関する書面で、Butler は、前の刑を終えた後は住む家も仕事も見つからず、サイバー犯罪に戻ったと述べたと報じられています【本人の主張】(Network World、Computerworld)。検事は、これほどの能力を、多くの人を傷つける形で使ったことは残念だと述べました(同)。

The Register(2010年)は Wired を引いて、Butler が他の捜査に協力したことで刑が軽くなったと書いています。協力の中身は確認できていません。

被害の数字は、出典によって大きく変わります。

数字出典位置づけ
売ったカード番号「数万件」検察の起訴発表(2007)当時の主張
押収したコンピューターから 180 万件超のカード番号。カード会社が報告した、これらのカードの不正利用額は約 8,640 万ドル有罪答弁の発表(2009)、判決の発表(2010)検事が法廷で述べた内容。本人が持っていたカードで起きた不正利用の総額で、本人の売上と同じとは限らない
会員数 約 6,000 人(乗っ取り直後)Wired(2008)報道
最盛期の会員 約 4,500 人有罪答弁の発表(2009)、判決の発表(2010)当局の主張

編集部作成の図/米司法省の発表と報道をもとに作成

CardersMarket をめぐる人々

Max Ray Butler(Max Vision)名義は Iceman、Digits、Darkest、Aphex など(報道)。2009年に有罪答弁
図2 CardersMarket をめぐる人々。関係ごとに、根拠が検察の発表か報道かを示しています。報道の多くは Wired による再構成で、裁判で認められた事実ではありません。

その後

服役中の2018年、Butler はルイジアナ州オークデールの連邦矯正施設で、持ち込まれた携帯電話を使ってデビットカードの番号を手に入れ、その金でドローンを買わせて刑務所に禁制品を運び込ませたとして、追起訴されました【当局の主張】。Sophos によると、ドローンは2016年4月、二重の有刺鉄線を越えて運動場に袋を落としたとされます。Butler は無罪を主張し、別の受刑者が自分を陥れたと述べています【本人の主張】。この事件の結果は、確認した範囲では見つかっていません。

出所の時期については、Sophos(2018年)が2019年4月の予定と書き、Wikipedia は出典を示さずに2021年4月14日としています。現在の状況は確認できていません。

分かっていないこと

  • 2006年の乗っ取りと DarkMarket への侵入は、Wired による再構成です。裁判で認められた事実ではありません。
  • 「Iceman」という名前を選んだ理由は、書籍『Kingpin』(Kevin Poulsen、2011年)に由来する逸話として伝わっています。本稿では原典を確認していません。
  • 刑が軽くなった理由とされる、捜査への協力の中身。
  • 2018年の追起訴の結果、出所の時期、現在の状況。
  • Aragon に対する判決。

出典

確認日はすべて2026年10月20日。

  1. 米連邦検事局 西ペンシルベニア地区「”Iceman,” Founder of Online Credit Card Theft Ring, Indicted…」2007-09-11。https://www.justice.gov/archive/criminal/cybercrime/press-releases/2007/butlerIndict.htm
  2. 米シークレットサービス「Secret Service Investigation Disrupts Identity Theft Ring」2007-09-13。https://www.secretservice.gov/press/releases/2007/09/secret-service-investigation-disrupts-identity-theft-ring
  3. 同検事局 有罪答弁の発表 2009-06-29。https://www.justice.gov/criminal/cybercrime/press-releases/2009/butlerPlea.pdf
  4. 同 判決の発表 2010-02-12。https://www.justice.gov/sites/default/files/criminal-ccips/legacy/2012/03/15/butlerSent.pdf
  5. Wired「One Hacker’s Audacious Plan to Rule the Black Market in Stolen Credit Cards」(Kevin Poulsen)2008-12-22。https://www.wired.com/2008/12/ff-max-butler/
  6. Wired(Threat Level)「Cybercrime Supersite ‘DarkMarket’ Was FBI Sting, Documents Confirm」(Kevin Poulsen)2008-10-13(転載で確認)。https://attrition.org/pipermail/infowarrior/2008-October/003494.html
  7. Computerworld「Hacker / security expert charged with massive credit card theft」(Gregg Keizer)2007-09-12。https://www.computerworld.com/article/1585966/hacker-security-expert-charged-with-massive-credit-card-theft.html
  8. Network World「’Iceman’ pleads guilty to massive computer hacking」2009-06-30。https://www.networkworld.com/article/783990/applications-iceman-pleads-guilty-to-massive-computer-hacking.html
  9. Network World「Criminal hacker ‘Iceman’ gets 13 years」2010-02-13。https://www.networkworld.com/article/772959/malware-cybercrime-criminal-hacker-iceman-gets-13-years.html
  10. Computerworld「Criminal hacker ‘Iceman’ gets 13 years」2010-02-13。https://www.computerworld.com/article/1552260/criminal-hacker-iceman-gets-13-years.html
  11. The Register「Uber-hacker Max Vision misses the killswitch」2007-09-18。https://www.theregister.com/2007/09/18/max_butler_affidavit/
  12. The Register「Max Vision pleads guilty to running cybercrime bazaar」2009-06-30。https://www.theregister.com/2009/06/30/max_vision_guilty_plea/
  13. The Register「Max Vision cybercrook jailed」2010-02-15。https://www.theregister.com/2010/02/15/max_vision_cybercrook_jailed/
  14. Sophos「’Iceman’ hacker charged with running drone-smuggling ring from jail」2018-12。https://www.sophos.com/en-us/blog/iceman-hacker-charged-with-running-drone-smuggling-ring-from-jail
  15. OCCRP「Jailed Hacker Charged in Drone Smuggling Ring」2018-12-03。https://www.occrp.org/en/news/jailed-hacker-charged-in-drone-smuggling-ring
  16. Wikipedia「Max Butler」(経歴の補助。出所日の記載に出典なし)。https://en.wikipedia.org/wiki/Max_Butler

更新履歴

  • 2026年10月20日:公開。
  • 2026年10月20日:Wired(2008年)の原文をもとに、生い立ち、最初の服役、共犯者との分業、CardersMarket の仕組み、DarkMarket をめぐる対立、情報提供者による包囲を追記し、読み物として構成を改めました。共犯者の逮捕日を2007年5月12日に確定し、出典リンクを更新しました。
この記事をシェアする
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

目次